あたし、どうやら死んでしまったようです。
どうしてなんだろう。いつもどおり帰ってただけなのに。
やっぱりあたしって運悪かったんだな。
最後の最後に出た言葉が「うそん」だなんて。
つか、運って言うかバカすぎだあたし。
心残りはたくさんある。たった16年の短い生涯だったし。
父ちゃんや母ちゃん、ばあちゃんよりも先に死んじゃったこと。
来年生まれるはずの姉の子どもを抱けなかったこと。
好きだった漫画のラストが見れなかったこと。
結局16年間彼氏無しだったこと。
想いを、伝えきれなかったこと。
通夜、葬式と、クラスみんなと担任が参加してくれた。
あと、部活の仲間や、長いこと一緒に過ごしてきた幼馴染という名の腐れ縁だったヤツら。
何人かは泣いてくれて、自分が死んで泣いてもらえるような人生を送ってきたのかわからないけど、すごく嬉しかった。
彼の姿はなかった。クラスが違うから仕方ないけど。
でも一応同級生だったわけだし、女子、男子と分かれてたとはいえ部活も一緒だったんだから、来てくれてもいいじゃない、とは思う。
あたりを見渡して、学生服で埋め尽くされた式場の中で、彼が居ないかともう一度探してみた。
もう想いが届くことはないとは分かっているけど、何となくもう一度会ってみたい気がした。
だから、居ないって分かってるのに、何度も探してしまう。
バカだなぁ。死んでもバカだ、あたし。
ふいに彼の名を呼ぶ男子の声が聞こえた気がした。
ついに幻聴か?そんなことを思いながら声の主を探す。
葬式の場だったから、とても小さい囁き声だ。誰の声かもわかんなかったし、どこから聴こえたかなんて分かるはずもなかった。
「バカだなぁ…」
呟いてみても、誰に届くわけじゃない。
「何死んでんだよ、バカ」
誰かが返事をしたのかと思ったけど、そんな訳はない。
あたしに言われたわけじゃなかった。いや、正確にはあたしに言われてるんだけど、死体の方のあたしに向かって吐かれた言葉だ。
気付けば走り出していた。
棺桶を囲むクラスメイトの中に、あった。
ずっと、想い続けた姿が。
「何死んでんだよ、ばぁか」
彼はもう一度呟いた。泣いてはいなかった。でも小さく震えた声だった。
彼は、笑って言った。
「死んじまったよ、ばぁぁか」
あたしも笑って言った。涙は流れなかったけど、でも泣いていた。
「好きだったなぁ…」
確かめるように呟いてみた。
死んだからってすぐにどこか遠いところまでいけるわけではないらしい。
何をするでもなく、自分のいない家族の輪に入ってみたり、教室の空いた席に座ってみたりした。
でも、誰が気付いてくれるわけでもない。
放課後、部活でクラスメイトが出払った教室で、何となく壁際の机の上に座ってみて、部活に励む人たちの姿を眺めていた。
あたしもあそこにいたはずなのに。そんなことを思ってちょっと悲しくなったりしてみた。
でも悲しいからって泣けるわけでもなくて、結局もっと悲しくなる。
「好きだったのになぁ…」
もう一度、呟く。教室に響くように聴こえるけど、実際は誰にも聞こえていない。
ふと、こちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。一定のリズムで、上靴が廊下を叩く音が聞こえてくる。
何となく確かめたくなって、机から降りて廊下を覗くために歩き出した。
教室に足を踏み入れてきたのは、彼だった。
ドアの前に突っ立ったあたしの隣を通り過ぎて、透明の花瓶に花を挿して飾ってある、あたしの席へと真っ直ぐに歩いていった。
あたしは彼の後に続いて歩いた。そして、彼の前に立ってみる。
彼は、手にしていた小さな花を花瓶に挿した。一輪の、薄桃色の花だ。
――瞬間、彼と目が合った。
彼にあたしの姿が見えているはずが無い。
だけど確かに、あたしたちは僅かの間見つめあっていた。
彼は呟き声であたしの名前を呼んだ。
聴こえないとは分かっているけど、あたしも呟き声で返事をする。
「好きだったよ、ずっと」
「…あたしも」
ねぇ、知ってる?君が持ってきたその花の、花言葉――
「俺、たぶんずっとお前のこと忘れないと思う」
愛の告白にしては、曖昧すぎる。
でもきっと、あたしたちの恋ってずっと、
この言葉みたいに、
曖昧で、
テキトーで、
確証のないものだったよね。
彼が笑ったから、あたしも笑った。
「ありがと――」
彼の頬に手を伸ばしたけれど、涙を拭うことはできなかった。
夕日に光る彼の涙は、これまでに見た何よりも、綺麗だった。
それを死んでから見るなんて。
やっぱり、あたしって。運悪かったな。
でも、君の想いが聞けたから、生きてて良かったって、思うんだ。
またね。きっと、幸せに。
Good bye my loved person.